前回の「突然のニューヨークでホームレス生活が始まる – Twitterに1日15時間時間を費やして得られたモノ」の記事の続きです。
コロナによって旅行は壊滅的になってしまい、誰もニューヨークには旅行に来ない期間が年単位で続くと始めから思っていた。コロナ禍ではWebメディアを運営したい人もいると思い、すぐに売りに出したけどスニーカーメディアは売れたけど力を入れたニューヨーク旅行メディアは売れず。そりゃ旅行に来ない時代がどれだけ続くかわからないのに買う人はいない。
そして、コロナウイルスがパンデミックしてしたことで今までの数十万の利益が一気に数千円になった。
なんか勘違いしてない?僕も仕事無くなってます。大変です、辛いです。だけど、落ち込んでる暇なんてないです!未来も今まで通り自分らしく、幸せに生きる。だから、どんな状態だろうが僕は走る!「未来の幸せ」は「今の自分」しか作れない。だから、みんなも頑張って未来のために乗り切ろう。
— Kei | 小さなニューヨーカー (@smallnycer) April 7, 2020
最初の数ヶ月はまだ貯金もあったので大丈夫だったけど、すぐに貯金は無くなって、借金生活になった。さらにGoogleのアルコリズムの変更などがあり、アフィリエイトの収益も下がる一方だった。出ていくお金を考えると手元に残るお金はゼロだった。そして、さらに物価が上がる日々。
今までやってきたことを捨てて、新しいことに挑戦するか。それともすぐにコロナが治ると信じて、耐えるか。
後者は期待できない。となると、就職をするか新しく事業を立ち上げるかの2択になる。だけど、今回のコロナ禍は経済が死んでるので求人を出してる企業も数が知れているし、仕事内容を選べる状態でもない。どうしようか悩んで毎日チルしながら、ホワイトボードに事業提案書を作り続けた。その時にコロナ禍だからこそ需要が伸びる事業は何か考えたら「インスタグラム」だった。
コロナ禍で集客がWeb中心になる時代に僕は数年前からSNS(特にTwitter)に力を入れていて、運営スタイルは「目的」と「強み」を明確にして、戦略を作ることだった。この運営スタイルになったのはWebメディアの経験が大きく関係してた。Webメディアが増え始めた段階で「目的」と「強み」が見えないWebメディアはどんどん消えていった。これはSNSでも同じことが言えると考えて、舵を切ったんだけど今となっては正解だったと言い切れる。
だけど、実際に事業を作るには実績を作ったり、ホームページを作ったりしたら3ヶ月以上はかかる。
就職の道を断つなら覚悟を決めるしかなかった。毎日徹夜して作業をして、なんとか2ヶ月で形にした。それがインスタ代行サービスとコンサル業を提供する「インスタおまかせ.com」だった。このサービスが始まると今後どんな人生を過ごしたいか改めて考えるようになった。その時にニューヨークに移住してからずっとやってる日本人の若者を海外に行くきっかけを作ることはちゃんとやりたいと思って、直属の可愛がってる後輩に一緒に仕事をしないか?と声をかけた。まだ若かった彼は二つ返事で「一緒にやります!」といって数ヶ月後に仕事を辞めた。
この事業をやるときに1つ夢を決めた。2024年までに海外で事業を立ち上げて、若者をサポートできる環境を作る。
それが自分のSNSにもよく登場するナオヤ(@naopontaa)だ。
この夢を叶えるために2023年1月段階では僕とナオヤはタイに住んでる。なんでこんなふうになってしまったのか?は次の記事で書きたいと思う。
※この記事は2021/02/07に公開した情報になります。
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