前回の「波乱万丈な僕のチルい若い頃の話 – 憧れの社長と初めてのアジア視察は衝撃だった」の記事の続きです。
ニューヨーク行きが決まればあとはチケットを購入するだけ。すぐに格安サイトで中国経由の片道合計34時間の格安航空券を買って、ニューヨークに3ヶ月行くことにした。
今回は今までのニューヨーク旅行とは目的が違う。今回のニューヨーク旅行は渡米前に「誰かWebに関して困っている日本人がいたら助けよう」と覚悟を決めて渡米した。これは説明が難しいんだけど、当時色々な先輩たちに助けてもらっていたから僕自身も誰かを助けたかった気持ちがあった。とりあえずニューヨークに到着してすぐに困ってる人を見つけるためにニューヨーク在住の日本人が使うオンラインの掲示板に今までの経緯と何かスキルなしでも手伝えることがないか?書き込みをした。すると1人の女性から連絡があって、彼女はWebに関係する仕事をするらしく、Webの勉強がしたいから一度会って話がしたいって連絡が来た。今だったらこんな内容で会いに行かないけど、当時は誰かを助けられることが嬉しくてしかなかった。
とりあえず彼女と会うためにユニオンスクエアのスタバで朝会うことにした。実際に会ってみると2人とも初対面とは思えないくらい話が盛り上がって、最後は「Keiくんに紹介したい人がいる!」って言って1人のニューヨーク歴が長い日本人の男性を紹介してもらった。それがタイムズスクエアで日本人向けのイベントを開催している「Kさん」だった。
彼は本当は学生だから働いちゃダメなんだけど、ニューヨークで生活するためにはお金がいるってことで彼はパーティーオーガナイザーとして色々な日本好きの外国人やニューヨーク在住の日本人が交流できる場所を作っていた。流石に長いだけあって知り合いも多く、今までのニューヨーク旅行では出会えない”地元の日本人”と交流を持つことが出来た。ニューヨークに来たことある人ならわかるかもしれないけど、ニューヨークにいる日本人で前線に立って動いてる人のエネルギーはすごい。そんなエネルギー溢れる人たちを紹介してもらうために彼とは出会ってからほぼ毎日会って色々な場所に連れてってもらった。この時は毎日が楽しくてしょうがなかったのを覚えている。
そんなある日「僕は何かお返しができないかな?」って思い、彼のイベントのホームページをサプライズで作ることにした。彼がイベントを今後大きくする上でホームページが必要だったけど、お金がないことも知ってたので無償でホームページを作ることにした。それが決まったらすぐに作業に取り掛かって、即日納品することができた。このスピード感には彼もビックリして、それまで以上に僕のことを可愛がってくれた。
そして、彼がタイムズスクエアで主催するイベントに招待してもらった際に結婚する相手になる日本語が話せるニューヨーカーの女性と出会った。
彼女は入り口にポツンと立っていて、彼とは何度か話をしたこともあるらしく、流れから僕も紹介してもらった。彼女は黄色のワンピースを着ていて、僕が「どうも」と言うと「日本人ですか?」と笑いながら日本語で答えてくれたのが懐かしい。僕たちは出会って数秒で打ち解けた。彼女はメキシコとアメリカのハーフで家族愛が強い中で育ったのもあって、家族への愛がすごかった。僕も事故をした直後ということもあって家族への愛が強く、彼女が家族の話をしてる姿を見て、どんどん彼女に惹かれていった。
正直僕は彼女と出会うまで「愛」と言うものがわからなかった。高校時代からいじめにあってた僕からすると「彼女だけが」唯一僕を肯定してくれる味方だった。だから、愛情というよりは僕を必要としてくれていることに愛を感じていたが、事故から学んだ経験もあって今までの愛は本当の愛でないことを彼女との出会って知った。
だけど、当時の僕は貯金もなければ、仕事もなかった。そんな男がニューヨーカーを好きになること自体が間違ってるかもしれないけど、今の自分の環境を言い訳に逃げるのは嫌だった。「人生1回だから走れるところまで走ろう!」と覚悟を決めて、出会ってから毎日会って、色々なロマンチックなアプローチした結果残り1ヶ月の滞在期間を残したまま付き合うことができた。そこまでは良かったのだけど彼女とのデートで1ヶ月の生活費を使ってしまって、泊まる家がなくなってしまった。恥ずかしかったけど、正直に彼女に伝えると実家が横の州にあって、今は家族と一緒に住んでるから一緒にそこで1ヶ月住まないか?と言われた。選択肢はないし、彼女と一緒にいたかった自分は即決でOKを出して、そこから1ヶ月は家族含めて色々な場所に遊びにいった。
帰国する数日前に彼女のお母さんに呼ばれて、今後のことを聞かれた。僕は彼女との結婚を本気で考えていたし、彼女も22歳と若かったけど出会った時から結婚をすることを真剣に考えていたから、お母さんに半年以内に「指輪」「お金」「仕事」の3つを持って、ニューヨークに戻ってくることを伝えた。この3つは今まで逃げてた3つだからこそ、この決断は大きかった。
そして、半年の時間を貰って、日本に戻ることにした。この時点で貯金ゼロの仕事なし。そんな自分が半年で1000万近いお金と1カラットのダイヤの指輪と仕事を持ってニューヨークに戻ってくるなんて誰も想像できてなかった。
(次の記事:出会って1週間のニューヨーカーと結婚した話 – 結婚するために必死で日本で働く)
※この記事は2021/01/29に公開した情報になります。
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