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世界を旅しながら、その国で仕事をして稼ぐ


夢をカタチにする方法は意外とシンプルだった

2021年10月31日(日)

「夢をカタチにする…なかなか難しいお題ですね。」

窓から冷たい風が入る部屋で1人、マイクに向かって僕は話していた。

最近は音声コンテンツに興味があって、やめていた「Voicy」をまた始めた。きっかけはちょっと高いマイクを仕事のミーティングで使おうかな?って思って買ったんだけど、せっかくなら他にも使えないか考えた時に「Voicy」のことを思い出した。2021年は頑張って毎日更新したいなって思ってるので興味ある方は僕のVoicyもフォローしてね。

ほとんどの人が1人でマイクに向かって話しかけた経験がないと思うけど、実際やってみると結構大変なんだよね。10分くらいは余裕で話せるって思っていても、実際話すと2分くらいしか話してなかったり、最後の最後で噛んでしまって撮り直しとか色々難しい。僕はセミナーで講師を8年くらい前からやってたから話すのは得意なんだけど、1人でマイクに向かって、ただただ話してるのは少しまだ苦手意識もある。

Voicyを再開したことをSNSでシェアすると喜んでくれるフォロワーさんもいたし、Lineを送ってくれた人もいた。そんな嬉しいことが続くとちょっと頑張って毎日更新してみようかなって気持ちになって、今日も録音をしてるって感じです。

話すテーマは大体は自分で決めるけど、今日はVoicyの公式イベントで「夢をカタチにするには」ってお題での投稿を目にしたから参加することにした。僕はコロナ禍になって人生どん底まで落ちた時に「僕の夢ってなんだっけ…?」ってなってしまい、地獄を見たけど、今は夢が見つかって、それをカタチにしている真っ最中。だからこそ、僕はこの話がしたいなって思った。

本当にコロナで全てを完全に見失った

僕はコロナ禍で仕事が全滅して、借金を背負って、大切な人も失ってしまった。そして、世界的な経済ストップでいつ経済が戻るかわからない中でニューヨークに住む恐怖は計り知れなかった。短期間で360度人生が変わってしまって、完全に生きる意味を見失ってしまった。

辛いか?いや、辛くない。もう感情はなかった。何かしなきゃいけない。だけど、何もできない。寝れない。外を見ると朝日が見えて、ボーッと椅子の上で体操座りをしながら考え事をしてたら外は真っ暗になってた。こんな生活リズムだと食欲も出ない。だけど、ご飯は食べるように努力した。ステーキの写真をtwitterにアップしたら、フォロワーさん達が喜んでたからよく焼いてたけど、実際は半分も食べれなかった。あの頃はサクッと痩せて楽だったけど、母さんとテレビ電話するたびに「ご飯は食べれてるの?」と聞かれて嘘つくのが辛かった。

仕事も借金も辛いけど、一番辛かったのは大切な人を失ったことだった。本当に辛かった。毎日泣いた。けど、その涙は途中から僕自身が僕のことを知らないこと、自分自身の弱さへの落胆の涙に変わっていた。僕はコロナ前まで「好きなことで生きてる人」って言われていたし、そうだったと思う。スニーカーとストリートブランドが大好きでバイヤーにもなったし、人との関わりが好きだから友達と一緒にニューヨークのWebメディア立ち上げたり、セミナーを開催したりとにかくやりたいということは他の人に比べるとかなりやってきた。

好きなことで生きてるというと「人生の目的」を持って生きてるように見えるけど、実際はなんでそれをやりたかったのか説明しろと言われると抽象的な言葉しか出てこなかった。なんとか具体的な言葉で人生の目的を伝えようとすればするほど、僕は人生は目的を持っていなかったことに気付いた。それを知った時はまだどん底に落とすんですか?神様?って本当に思った。

僕はどうすれば人生の目的が見つかるのか考えた。人生の目的は夢を叶えることでもあって、夢はワクワクすることじゃないといけない。僕が過去に何にワクワクした思い出をホワイトボードに書き殴っては、消すって作業を半年くらい毎日続けた。

人生の目的を作るのは難しい。目的は死ぬまで続けられるものでなければならない。だから、ニューヨークに住むことやサッカー選手になることや資産家になるなどの目的は設定することはできない。それらは「手段」でしかなかった。

僕はずっと手段を目的と思って頑張っていた。だから、次にやることと綺麗に繋がらない。がっかりする半面今までやってきた手段は目的はわからないけど、お金のためにはやってない。つまり、何か目的があって続けていた。特にバイヤーはそうだった。なんで僕はバイヤーに憧れたのか?この質問を突き詰めれば答えが出ると思った。

19歳の僕がバイヤーになりたいと思った理由

あれは19歳の時にニューヨークから帰国して、Webの仕事を初めて探してた時のことだった。応募した会社が4人の小さなオークションで買い付けしたものを売っている事業をしている会社で、そこの社長さんが中国に毎月買い付けに行っていて、帰国するたびに中国の話を聞いてワクワクしたのを覚えてる。

そして、23歳の時に超円高だったことをきっかけにニューヨークで買付してみないか?とその社長に言われて、憧れのバイヤーになれるならと2つ返事で返すと「なら、円高なうちに行った方がいいから明後日いける?」って無理なオーダーにも僕はOKと行って渡米した。

その買い付けは3ヶ月の滞在で結果はうまくいかず、大失敗に終わった。帰国してからは僕は元々やっていたWebの仕事だけをやるようになったけど、数年後に一緒に中国、韓国、香港、タイに買い付けにいこうとオファーをもらった。もちろんお金はなかったけど、なんとか工面して同行させてもらうことにした。あの1週間は全てが衝撃だった。こんなふうに買い付けしてるなんて知らなかった!って何度思ったかわからない。本当に刺激的で、最高な時間と体験だった。そして、そんな先輩の後ろ姿が本当にかっこよくて、憧れた。

だけど、もう僕はバイヤーになるのは諦めていた。僕はWebの人なんだ。

ストーリーある商品は魅力的だし、相手を笑顔にする

それから3年後に僕はニューヨークに移住して、たまたま日本未発売のニューヨークのスニーカーショップに在庫がたくさんあったスニーカーがバカみたいな値段で日本で売られているのを知り、お金が必要だったからバイヤーをまた始めた。一度ニューヨークでのバイヤー業に失敗してる経験があったから心配だったけど、結果としてはお金の苦労からはすぐに抜けられた。これは僕がすごいのではなく、時代とタイミングが超良かった。

当時のスニーカー人気はすごくて、ほぼ毎日どこかしらに買い付けに行っていたレベル。そんな生活をしてるとスタッフと話す回数も増えて、いつの間にか友達になっていた。特にKithで働いていたJRとは超仲良しになって、いつも店に行くたびに「よー!このブランド知ってるか?このブランドはな〜」って色々ブランドが持っているストーリーを教えてくれたり、オフの日に会って一緒に買い物とか行って、彼から聞いた色々なブランドやトレンドのストーリーを当時運営していたスニーカー会員サービスの会員さんに教えるのが好きだった。

そんな感じでバイヤーとして活動してると「〇〇のブランド知らなかったですが、Keiさんのブランドのストーリーの話を聞いて買うことにしました!」と連絡をくれる人が増えた。例えば今ではKithは世界的に有名だけど、僕が買い付けしてる時はまだ有名になる前だったからね。

確かに初めはお金が必要でバイヤーを再スタートした部分はあったけど、途中からはフォロワーさんや会員さんが知らないストーリーのあるブランドを買い付けして、彼らに商品と一緒にストーリーも届けて喜んでもらいたいって気持ちが強くなっていた。

だけど、フォロワーのほとんどは僕がオススメするものではなく、トレンドのスニーカーやブランド。だから、僕はスニーカーやストリートブランドが嫌いになる前にバイヤーをやめて、またWebの仕事に集中することにした。

世界を旅をする中で出会った素敵な商品をストーリーと一緒に届けるバイヤーになりたい

バイヤーを辞めても海外旅行に行く時は仕入れ場所になってる場所に足を運ぶことが好きだったし、実際にその旅行期間だけ特別に知り合い限定で買い付けをしていた。やっぱり買い付けは楽しかった。「世界にはこんなストーリーがある素敵なモノがたくさんあるんだろうな。もっと自分の目で見て、その商品のストーリーを友達に届けたい。」素直にそう思ったし、これが僕の人生の目的であり、夢だったことに気付いた。

だけど、僕は現実を受け入れないといけなかった。

コロナ禍で借金もあったし、事業も安定してない現状でバイヤーをやるなんて無理な話だった。まずは夢を叶えるためにお金と時間を作る必要があった。しかも、僕は年齢的にもこれが夢を叶えるラストチャンスだとわかっていたからこそ、慎重に未来のことを考えた。

仕事に対しても目的を持つことにした

僕の場合はバイヤーはあくまで趣味程度にやりたかった。本当に紹介したいものしか売りたくなかったし、仕事にすると嫌いになりそうなのもあったので趣味でよかった。

問題なのが、この趣味は金がかかる。

まず第一条件として安定的に入る事業(お金の仕組み)を作らないといけないし、同時に時間と場所に縛られる仕事もしてはいけなかったが、コロナ禍で起業するほどバカはいない。それなら普通に企業に就職して安定した収入を普通なら取るけど、僕には時間がなかった。目的を持ったなら時間を無駄にしたくなかったから色々な先輩方の力をお借りして起業した。3度目の起業だ。

今では軌道に乗りかけて、良い感じだけどあと1年は大変だと覚悟してるし、まだまだ世界を飛び回るバイヤーになる準備ができていない。2023年までは準備期間兼仕事の仕組み化と自分自身のスキル磨きに専念して、それから僕は世界を飛び回るんだ。

「夢をカタチにするには」

夢をカタチにするには、人生の目的を見つけることしかない。

目的が見つかれば、それに向かって走ることが夢になる。自分と向き合うのは難しい。嫌なことも受け入れないといけないし、良い部分も自分自身で認めないといけない。誰にとってもとても大変な作業なのは間違いない。

けど、よく考えてみて。今人生の目的を見つけなかったら、いつ見つけるの?今が一番若いんだからこそ、今自分の人生の目的について考えてみると夢は一番若い「今」見つかる。見つかればあとは幸せな人生に向かって走るだけ。人生とはシンプルというのは本当らしい。

この記事を書いたのは...

1週間でニューヨーカーと結婚したり、急に離婚してニューヨークでホームレスになったりと色々経験済。コロナで事業全滅→新規事業立ち上げ→右肩上がり。NYC在住歴8年目でブランディングとマーケティングの仕事や新事業立ち上げやってます。ギャラリーや美術館好き。詳しい自己紹介はこちらから。

※この記事は2021/10/31に公開した情報になります。
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